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建築事務所探訪

vol.

07

東京 / 板橋

アンブレ・アーキテクツ

多世帯・職住近接の
実験型設計室

2018.06.27更新

今回お伺いしたのは、東京都板橋区にあるアンブレ・アーキテクツ。スタッフは松尾宙さん・由希さんご夫婦のお二人。オフィスが入るI FLATは、自ら設計を手掛け2007年に完成した、親族4世帯で住む多世帯住宅。ご自身たちも含め4世帯が集まる住宅の設計、そしてその中での暮らしから見えてきたものとは・・・? 石神井川沿いの桜並木に面した職住近接のオフィスで、設計活動を行っているお二人にお話を伺いました。

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建築家を志したキッカケを教えていただけますか?

(松尾宙さん、以下H)実は私たちは、二人とも高校卒業後は文系の4年制大学に進学していて、大学卒業後、早稲田大学芸術学校に入学して建築を学びました。
(松尾由希さん、以下Y)ですから、建築家のキャリアとしては少しアウトサイダーかもしれません。(笑)
(H)ただ二人とも、もともとものづくりが好きで。私は、大学生の時、墨田区の業平橋にあった日本でも有数のアンティーク家具のお店で、工房スタッフとしてアルバイトをしていました。週4〜5日、実際に家具を作ったり、古いアンティークの輸入家具をばらしてリペアーしたり。そこの先輩に都内の建築を見に連れていってもらったり、外部のインテリア設計会社と接点もあり、その中で、設計に興味を持ちました。
(Y)でも大学卒業してすぐに就職したわけじゃないんだよね。
(H)そうなんです。(笑) 実は大学時代、サーフィンも一生懸命やっていて、大学卒業後に親の反対を押し切り、語学留学という名目で一年間オーストラリアに行きました。やるなら今しかないと。(笑) でもその時見たシドニーのオペラハウスに感動して、やっぱり設計をやってみたいと意思を固めて建築の学校に入り直したというのが建築を志すまでの流れです。

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(Y)彼が働いていたアンティーク家具のお店は私も知っているのですが、空間がとにかく素晴らしいんです。
(H)そうですね。今はもうなくなってしまったんですが、昭和初期の古い倉庫をそのまま使っていて、僕自身、幼少期にロンドンで暮らしていたことがあったので、もちろんイギリスのアンティークは大好きでしたが、その建物に毎日通うのが楽しい、というくらいその空間がとても好きで、そこから建築に興味が出てきたのかもしれません。

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(Y)一方、私も幼い頃から、絵を書いたり、刺繍をしたり、編み物をしたり、料理以外は、つくることが大好きで。(笑) ただそれが仕事につながるとは考えていなくて、英語の教師を目指していました。しかし、大学3年生の教育実習の時、教師の仕事は自分には難しいかもしれないと感じ、別の道を模索するようになりました。
時代的にちょうどカフェブームが起こった頃で、インテリアや家具に興味を持っていたので設計から制作まで関われる椅子作りをしたいと母親に相談したところ、家具を作るならまず建築を勉強した方がいいのでは? ということで学校を探して、早稲田大学の夜間に進学しました。きっかけは椅子でしたが、建築を学び出してからは、もう建築しかない! と面白さに目覚め、この道で一生仕事をしていくことを決めました。

事務所が入るI FLATについて教えてください。

(H)私たちの建築事務所アンブレ・アーキテクツが入る「I FLAT」はまだ独立する前に私たちが設計した建物ですが、少し特徴的です。親族4世帯で暮らし、1階部分に各世帯の仕事場を持つ、多世帯・職住近接の住宅です。
(Y)完成は2007年で、もともと近所に私の実家がありまして、私たちも結婚当初は同じマンションの隣の部屋に住んでいました。1人目の子供も生まれて少し手狭になったので、母親から近くで2世帯で住める土地を探そう、という話になったのですが、なかなかいい場所がなく・・・。
(H)2年が過ぎた頃たまたまこの場所を見つけたんですが、もともと3棟の建売用の土地だったんです。2世帯に必要な2棟分で検討したのですが、建ぺい率が10%アップする角地側だと石神井川の桜が見えず、川側だと建ぺい率が低いということで、うんうん頭を悩ませていました。
(Y)そしたらまたしても母親が、私の弟夫婦(当時は独身)や叔父も一緒に4世帯で住めばいいんじゃない? と言ってくれて。あっという間に話がまとまり3棟分の土地を購入、設計がスタートしました。

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(Y)1階は私たちの事務所(当時はまだ独立していませんでしたが)と音楽関係の仕事をしている弟の仕事場といったパブリックなスペース。2階は我が家+弟家族の家、3階は両親の家、4階は叔父が住む家という感じになっています。叔父は仕事の関係で、不在が多いのですが、親戚が上京してきた時に泊まれるスペースにもなっています。
(H)4世帯がすでに独立したライフスタイルを持っている中で、でもそうは言っても一般的なマンションのようなつくりでは多世帯住宅の意味がないですし、一緒に暮らしながら何を共有し、どんな関係性を作れるようにするべきか、かなり考えました。そこでたどり着いたのが、1〜4階が半外部空間の階段でつながり、桜並木が圧倒的な3階テラスを共有スペースにするというプラン。また両親が住んでいる3階を、同じ建物の中なんですが、断面的に積層された建物の中での「実家」とする、というイメージでつくりました。img_inquiry07_interview05

(Y)だからうちの娘なんかも「お母さんは、お父さんと喧嘩して実家に帰りますって言っても3階に上がるだけだね」なんていうんですけど。(笑)
(H)僕らが地方出張などどうしても手が回らない時に助けてもらったりできますし、子供にとっても優しい祖父母が何かあった時にそばにいてくれる。子育てをしながらの夫婦共働きとしては、通勤時間なく多世帯で住んでいるというのも助かっているなと思います。

実際に暮らし、働く中で気づくことは何かありますか?

(Y)この建物を設計した当時は、3世帯、ましてや4世帯住宅はほとんどなく、将来のことを想像しづらくて、暮らし始めてから気がつくことはいっぱいありました。
(H)最も大きな気づきは、「人が集まって暮らすと食べる場所に集まる」、ということ。私たちでいうと、食事の時は全員で3階の「実家」に集まってご飯を食べるんです。もともとはリビングに集まるかな、と考えていたんですけど、みんな勝手なもので、食べ終わったら団欒などせず各自散っていく。(笑) でもこの経験があって、食べるところが中心、というのは以後設計する際に強く意識するようになりました。
(Y)家の構造にしても素材にしても、もっとこうしとけばよかったという反省は尽きないですが、「ここは実験場」と割り切って後からあれこれ試しながら暮らしています(笑)

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(H)そういう意味では、妻の大学の先輩がここを見に来てくださって、多世帯ならではの空間の多様性を感じていただいて、これなら自分たちも多世帯で暮らせそうだということで、3世帯住宅の設計をやらせていただきました。(『Terrace and Hut』2015) 子供5人、大人5人の10人3世帯で暮らす家で、玄関やお風呂、子供部屋など細かい部分まで、事前にどんな暮らしをするかしっかり会話した上でイメージして設計することができました。
(Y)もちろん、家族が集まるダイニングは家の中の一番いい場所にあります。(笑) 今でも、毎朝10人集まって朝食をとっているそうです。

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(H)「IFLAT」を起点に、どう集まれば人がうまく暮らしていけるかということを様々なプロジェクトで考えているので、集合住宅でも、ただ部屋があればいいということではなくて、共有できる部分をどういう風に作っていくかとか、そういったことをすごく意識するようになりました。

その他に、現在の事務所での気づきがあれば教えてください。

(H)もうひとつ、多世帯・職住近接の家で感じたのは、「子供の育つ環境は親が決定できる」、ということ。当初の建築費の関係もあり、我が家に子供部屋がありません。今、中学2年生の長女と小学校六年生の長男は、リビング内にそれぞれ2畳程度のブースをつくってそこをパーソナルスペースとしているのですが、特に文句もなくやっています。
(Y)住宅設計の際に、子供の部屋は6畳以上ないと本当に困ります、という方もいるんですけど、子供は与えられた環境の中で育つんです。自分の部屋がないからといって不良にならないですから。(笑)でも、だからこそ子供の環境をどう提供するかというのはとても大切なことだなと感じました。働きながら子育てをするというのは私たち二人のテーマでもあったので、昨年に愛媛県八幡浜市保内総合児童センターの設計競技で最優秀賞を頂けたことはとてもうれしい出来事でした。

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(H)このコンペは、これからの保育園の新しいスタンダードを提案してほしいということで、建物としてだけでなく、どのような保育園がいいかを自分たちの子育て経験や、知り合いの保育園の園長先生にヒアリングを行いながら考え、子育てに対する思いを具体化した提案を行いました。約2ヶ月間2人で悶々としながら、暗中模索しながら取り組んでいたので、当選の連絡を頂いたときは、本当に嬉しかったですね。
(Y)具体的には、0歳児〜5歳児まで200人が1日を過ごす保育所棟と児童センター棟からなる複合施設について提案しました。特に保育所は、各年齢保育室を柔軟な使い方ができるように工夫して、給食の時間には建物中央の中庭を囲むように異年齢が一緒に食事をしているように感じられる空間を作り、年齢を超えた関係性が作れるようにしました。
(H)ここでも食だね。(笑)
(Y)そうだね。(笑) 食育にも配慮して調理室を遊戯室から見られるようにもしました。あとは、保育所と児童センターとを「交流広場」という空間でつながりをもたせ、多様な世代交流を行えるようにしました。
(H)八幡浜には何度も足を運びましたが、美しい海と街を囲む山の斜面にみかんの段畑が広がるのどかな自然の中で子供たちも明るく健やかに育っている印象がありました。施設の中にも、そうした地域性を引き込みながら子供たちを育める場所にしていければとの思いを込めました。

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最後に、設計をする上で大切にしていることを教えてください。

(H)色々と話しながら振り返ると、自邸(I FLAT)から始まり、様々な建物を設計する中で、同じ建物の中で暮らす人同士、利用する人同士、またその建築と周辺社会との新しい関係を模索してきたのかなと思いますし、これからも作り出していきたいと考えています。
(Y)最近では、PRISMICさんと協業して2018年3月に竣工した神奈川・二俣川の集合住宅「ALLIER(アリエ)」では、その敷地の中が小さな”まち”となるように、同じ敷地に暮らす他人同士がそれぞれの快適な暮らしをシェアできるように工夫しました。

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同じく神奈川県の、2017年度グッドデザイン・ベスト100に選んでいただいた「KUGENUMA TORICOT」も、「地元、人、食」それぞれのつながりを大切にする施主の熱い思いを受け、敷地に1坪のシェアキッチンをつくることで、単なる集合住宅にとどまらず、私有地に誰でも入れるオープンな食の場を生み出すことができました。

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(H)事務所についての紹介のつもりが、最後は最近の仕事紹介になってしまったね。(笑)
(Y)(笑)でもそれはやっぱりこのオフィスが建築家としての私たちの実験場であり、様々なプロジェクトに生かされているということかもね。
(H)これからも、建築の在り方によって、人々の暮らしを豊かにすることを念頭に、地方の仕事や公共の仕事の経験を生かし、これからの時代に求められる建築をソフトとハードの両面をつなげて発展させていきたいなと思います。

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松尾 宙Hiroshi Matsuo

一級建築士 / 木造住宅耐震診断士
1972年
東京都生まれ
1995年
獨協大学法律学科卒業
1999年
早稲田大学芸術学校卒業
2001年
石田敏明建築設計事務所(09年まで)
2009年
アンブレ・アーキテクツ設立
現在
早稲田大学芸術学校非常勤講師

松尾 由希Yuki Matsuo

一級建築士
1973年
東京都生まれ
1997年
成蹊大学文学部英米文学科卒業
1999年
早稲田大学芸術学校卒業
2001年
大塚聡アトリエ(03年まで)
2009年
アンブレ・アーキテクツ設立